陽が昇りはじめると同時に、風が上空を巻きはじめた。
「またいつものように、強風に悩ませられる」
そんな嫌な予感がスタッフたちに襲いかかる。
不安はすぐに、現実となって現われた。最初に吹き飛ばされたのは、機材用のテントだった。すぐに他のテントも撤収し、広い会場には陽射しを遮るものが、まったく無くなってしまう。陽が昇るにつれ、ジリジリと焼けつくような太陽が、遠慮容赦なく上空から照りつけはじめる。
と、灼熱地獄と化したアスファルトの照り返しを、一陣の風が吹き抜けた。R.C.S名物の突風である。例のごとくパイロンがなぎ倒され、コースが崩れていく。倒れているパイロンの立直しに、スタッフが一斉に散った。
この場合、窮余の対処策があった。パイロンを繋ぐバーをパイロンの下に敷くのである。これで風の影響が半減するので、パイロンが倒れにくくなる。もちろん、コース自体も崩れることはなく、レースへの影響は最小限にとどめることができる。今大会ではエアアーチと呼ばれるスタートゲートも用意していたが、強風であえなく撤収となった。
と、こんどはその風が、顔面に吹きつけてきた。風は汗と一緒に、暑気も吹き飛ばしていったのである。そのとき、多くのスタッフ作業員は、不思議な感覚に襲われたのだと思う。過去、あれほど悩ませられ続けたR.C.S名物の突風が、この日に限っては妙に愛おしく思えたに違いなかった。
悪魔じみた太陽の灼熱地獄が、突風によって一瞬、和らぐのだ。陽射しで吹き出した汗を、吹き抜ける風が冷気を残して拭き取っていく。この日ばかりは、功罪相半ばしたR.C.S名物の強風だった!
コース設定は、駐車場のラインを活用したいたって幾何学的なものとなった。まずはスタートから第1コーナーまで、ほぼ50メートルの直線。第1コーナー手前でフェイント気味の軽いクランクを設けているほかは、まさに駐車用の白線を基調とする。
第1コーナーは直角90°左カーブとなる。その先は、約35メートルの直線。そして第2コーナーがヘアピン折り返し左カーブである。この間、浅い雨水溝がワダチのように横たわるが、走行にはさほど影響はなさそう。
第2コーナーのヘアピンを抜けると30メートルほどの直線となり、その先で右90°角のカーブが2つ続く。コーナーリングの妙味は、この第3、4コーナーから、さらに第5コーナーの折り返し左ヘアピンが見どころとなるか。
第5コーナーのヘアピンをクリアすると、残るは最終コーナーの右90°角カーブとなる。そしてその先はゴールへのウイニング・ランとなる20メートルほどの直線。全体像として言えば、今回のコースはアルファベットの「F」を左右逆にしたようなシンプルなもの。シンプルだからこそ、各コーナー攻略が難しくもなりそうだ。
ヘアピンのクリアも、他に誰もいなければ教科書通りのアウト・イン・アウトで済む。たしかにそれが理想的なライン取りかもしれない。しかし、他の選手たちが多い場合、アウト・アウト・インのコース取りをしたり、イン・イン・アウト、あるいはイン・アウト・インなどという変則的なラインをとらなくてはならない場合もある。それを臨機応変に対処できる技量と判断力が、コーナーを速くクリアできる最大のテクニックなのだ。
さあ、君ならこの「逆F字コース」を、どう攻めるか?
スタート直後、外から二番目のグリッドからスタートしたたけなか りょうせい選手が転倒。これに巻き込まれる形でおがわ みんと選手も転倒し、早くも波乱含みの様相となった。
その間を縫って、するすると外側から直線を制したのはのざき ひゅうが選手。その後、かたよせ はると選手が、バイク1台半の差でインコースをキープしながら2番手で続く。3番手にはあたらし はると選手がバイク半分の差で続いていた。
最初のドラマは第1コーナーで起こった。ほぼ独走ぎみにトップを走っていたのざき ひゅうが選手が、なぜか第1コーナー左直角カーブの直前で大きくアウト側にバイクを振ったのである。当然、第1コーナーのインが空いた。そこをすかさず、最短でクリアしたのはかたよせ はると選手だった。ここでトップと2番手が入れ替わった。
先行を許したものの、のざき ひゅうが選手も諦めてはいなかった。第1コーナーの失敗を取り戻そうと、猛烈な勢いで首位のかたよせ はると選手を追いあげる。第2コーナー左ヘアピンカーブの直前では、バイク2台半ほど付いていた差を、ほぼ車輪半分にまで縮めていたのだった。
その時、悲劇が起こった。勢いに乗って加速していたのざき ひゅうが選手の前輪が、かたよせ はると選手のバイクに接触、バランスを失って転倒したのである。
その後、第2コーナーのヘアピンから第3コーナーの直角、さらに第4コーナーを回ったころには、かたよせ はると選手の独走状態となる。最終の右直角カーブを曲がったころ、2番手を走っていたあたらし はると選手にその差をいくらか詰められたものの、最後はウィニング・ランでゆうゆうとゴールイン。
2位は最後の追い上げも届かなかったあたらし はると選手、3位にはしみず たける選手が表彰台をゲット!
▲優勝 かたよせ はると選手(team BLAST)
▲準優勝 あたらし はると選手(KICKS)
▲優勝 しみず たける選手(CRAZYPOWER)
ほぼ横一線でスタート。それでも直線をわずかに制したのはなかもと りく選手。そして第1コーナーを理想的なライン取りで回ったりく選手は、その後の直線で加速。第2コーナー左ヘアピンカーブを外側からインに切り込んで、追撃してくるとよしま ゆうと選手の進路を完全に塞いだのである。つぎの第3コーナー右直角カーブをクリアするころには、2番手のゆうと選手にバイク5、6台分の大差を付けて独走状態を築く。
一方、それまでりく選手と熾烈なトップ争いをしていたゆうと選手が第4コーナー右直角カーブを回るころから失速気味となり、3番手を走っていたおおき しん選手に肉迫されはじめる。そして最終コーナーの直角右カーブでは、しん選手にインを突かれて3番手に後退。
優勝は中盤で独走態勢を築き、その流れを巧くつかんだなかもと りく選手。2位には、最終コーナーで見事逆転したおおき しん選手。そして健闘むなしく最後は3番手に後退してしまったとよしま ゆうと選手の3位表彰台という結果となった。
▲優勝 なかもと りく選手(フリー)
▲優勝 おおき しん選手(GOLD☆DASH)
▲優勝 とよしま ゆうと選手(フリー)
直線でもコーナーでも速いのが、王者かわさき しんたろう選手。炎天下のCHIBAラウンドでもスタート直後から、他の追随を許さないロケットスタートが今日も炸裂! 第1コーナーを回るときにはすでに、2番手のふくやま さき選手との差をバイク4、5台分付けていた。この差は第3コーナーを回るまで続く。
むしろ第2コーナーを回ったころから、3番手争いが熾烈になっていった。第2コーナーの左ヘアピンカーブで大きく膨らんだかわしま りんたろう選手に対して、コーナーの内側をついて距離の短縮に成功したおかむら りお選手が、次の第3コーナーでついにりんたろう選手を捉えた。そして続く第4コーナー右直角カーブで完全に主導権を握り、2番手のさき選手を追う勢い。
そして最終コーナー右直角カーブを先頭で通過したのは、やはり今回もかわさき しんたろう選手。およそ10バイク分遅れてさき選手が続く。
ところがその真後ろに、後半に力を蓄えていたりお選手が肉迫。さらにりお選手にパスされたりんたろう選手が猛追する。
また今大会も、4歳クラスはかわさき しんたろう選手の独走状態で、王者の貫禄を示したレースとなった。そして熾烈な2位争いは、最終コーナーを通過した順位のままゴールとなる。
優勝はかわさき しんたろう選手、2位はふくやま さき選手、3位が逆転で表彰台をゲットしたおかむら りお選手という結果となる。
そこで、「ん?」と思ったレポーターは、あらためて選手名簿を確認。このレースで並みいる強豪を抑え、準優勝に輝いたふくやま さき選手の記載は、Girlだったのである。
4月、5月、6月と、かわさき しんたろう選手を追う有力選手たちが次々と誕生日制度でクラスアップし、実質「打倒! しんたろう選手」の幟が立たなくなった状態でもあった。そんな中、こつ然と、しかもGirlによる「打倒! しんたろう選手」の最右翼の登場だ。このクラス、俄然戦国時代の様相を呈してきた。これはますます面白くなりそうだ。
▲優勝 かわさき しんたろう選手(Team Kamikaze Kids)
▲優勝 ふくやま さき選手(TEAM VIT) ▲優勝 おかむら りお選手(B→ts)
このクラスになると、スタートからの直線に優劣はほとんど無い。横一線で緩やかなクランクコーナーに入り、そこで車輪の差し方でポジションを定めていく。第1コーナーの入り方が、まさしくそうした順位取りだった。
イン側を抜けたのはもりやま ゆうき選手。先頭を争いながら、一歩も譲らずにその外側をカバーしていたのが、たかしま ぎんたろう選手。そしてバイク1台分の差でにしうら しょうだい選手がクリアーしていく。
第2コーナーへ向かって、ゆうき選手、ぎんたろう選手が一歩も譲らず、その後ろに肉迫したしょうだい選手の三つ巴状態で第2コーナー左ヘアピンカーブに突入。
そして、ヘアピンのコーナーリングが巧ったのが3番手を走っていたしょうだい選手だった。大きく膨らんでもたついてしまったゆうき選手、あるいはインを開けてしまったぎんたろう選手の内側からスルリと抜ける。そして第3コーナー右直角カーブに入るころには、ぎんたろう選手を抑えて首位を奪取。さらにぎんたろう選手の外側からかぶせるように第3コーナのインをついたふるばやし しょうま選手がしょうだい選手に続く。
その後、再度ギヤチェンジしたしょうだい選手は、4、5コーナーを難なくクリアし、最終右直角コーナーをトップで駆け抜ける。2番手との差はすでにバイク7、8台分。ゴールへの直線は、もはや彼のウィニング・ロードとなっていた。
2番手争いが熾烈だった。第5コーナー左ヘアピンカーブを回って、先行するしょうだい選手を2番手で追うのはしょうま選手。ほぼ並ぶようにしてぎんたろう選手、そしてくぼた だいち選手が続々と最終コーナーをクリアしていく。
そしてゴール前の、最後の直線。最終コーナーを減速せずに大きく回ったのが、3番手を走っていたぎんたろう選手。そのまま加速に乗り、2番手のしょうま選手に肉迫。そしてゴール前、車輪半分の差でぎんたろう選手が逆転を果たして2位をゲット。僅差で敗れたものの、健闘したしょうま選手が第3位にはいった。
▲優勝 にしうら しょうだい選手(THRAPPY)
▲準優勝 たかしま ぎんたろう選手(TEAM VIT)
▲3位 ふるばやし しょうま選手(フリー)
スタート直後に転倒したのは、あんどう りくと選手。第6戦まで2007年の部で128ptの高得点をマークしている、今大会でも優勝候補のひとりだった選手。早々のライバルの転倒を知ってか知らずか、各選手は第1コーナーへと突き進む。
その第1コーナーをトップでクリアしたのは、とべ はやと選手。2番手はほぼ並んで内側にかぶらぎ れん選手、そして外側にはわだ そらり選手。第2コーナーへの直線でバイク2台分のリードをとったはやと選手は、2コーナー左ヘアピンカーブをトップで回る。ほとんどテール・ツー・ノーズで2番手のれん選手、そして第2コーナーでインを付きそらり選手をパスして3番手に上がったしばた りく選手が一団となって3、4コーナーをクリアしていく。
そして第5コーナーの左ヘアピンカーブを抜けたところで、レースはとべ はやと選手とかぶらぎ れん選手のバトルとなった。それでもバイク半分のリードを保っていたはやと選手が、最終コーナ右直角カーブのインをクリア。最後の直線も強いキック力を活かして、そのままゴールイン。第6戦「全日本選手権」に引き続き、2連覇を果たした。
第2位は最後まではやと選手とデッド・ヒートを繰り広げたかぶらぎ れん選手。そして第3位は、第5コーナー左ヘアピンカーブで、しばた りく選手を抜き返したわだ そらり選手がゴール前の直線で死力をふりしぼってゴールイン。強豪ひしめくこのクラスで、Girlとして堂々の表彰台をゲットした。
優勝はとべ はやと選手、第2位にかぶらぎ れん選手、第3位がわだ そらり選手だった。
最後に、各選手から大きく離れてゴールしたのは、スタート直後に転倒したあんどう りくと選手だった。レースには敗れたが、元気に地面を蹴る力強いランバイク・ライダーに、多くの観客、関係者が大きな拍手で迎え入れたことを付記しておく。
▲優勝 とべ はやと選手(Clover☆s)
▲準優勝 かぶらぎ れん選手(つくばDream kids)
▲3位 わだ そらり選手(TEAM VIT)
そしてもうひとつ、本日のこのOPENクラスでは、R.C.Sとしてもその歴史に刻むべく大切なセレモニーが控えていた。それはこのレースの順位表彰式であると同時に、ある偉大な選手を讃える表彰式であった。
ひと際大きな歓声に包まれて、関口太郎国際レーシングライダーからとべ はやと選手に優勝カップが贈られると、R.C.S実行委員長から次のメッセージが流れた。
「本日OPENクラスで優勝したとべ はやと選手は、今月が誕生日ですので今大会がラスト・ランになります。このR.C.Sの各ラウンドにおいて何回も表彰台の頂上に昇ったこの名選手に、みなさん、もう一度盛大なる拍手をお願いいたします」
このアナウンスが終わらないうちに、表彰台の内外から大きな歓声と拍手が鳴り響いた。その声と拍手の音は大きな渦巻きとなって、真っ青な空に舞い上がっていった。
そこにいた誰もが、とべ はやと選手の王者の走りを思い出していたのだと思う。
あの日、とべ はやと選手が見せたニー・ターンの妙技。
「このコーナーを誰よりも速く回れれば、全日本選手権チャンピオンの座を奪われることはない」
急追してくるOPENクラスの新参者たちに、決して負けるわけにはいかない先輩の意地としての思いが、この脅威のライディング・テクニックを生み出したのだ。数十回、数百回と血のにじむような練習をし、そしてマスターしたウルトラ技。
僅差で逆転負けした第5戦YOKOHAMAラウンド。そこからはじまったリベンジへの道。そしてR.C.S第6戦FUJI「全日本選手権」での雪辱を期し、最高のレースを披露したあの日のとべ はやと選手の笑顔。
今日、とべ はやと選手にとって第7戦CHIBAラウンドは、OPENクラスのラストランとなる。だからこそはやと選手としては、王者の走りを後輩たちの胸に刻ませたかったに違いない。
「オレのテクニックをジックリと見ろ! そしてさらに高い技量をマスターして、この位置まで昇って来い」
そしてどうやら、とべ はやと選手の思いは早くも、後輩選手たちに引き継がれていたようだ。それは今日のレースでも、各選手に現われていた。
スタート直後に転倒したあんどう りくと選手が、最後までレースを諦めずに力強く地面を蹴りながらゴールした姿にも、その思いは見られた。またゴールへの直線で、最後まではやと選手を猛追したかぶらぎ れん選手の負けじ魂も、R.C.Sの新たな伝説を作っていくのかもしれない。
皆、とべ はやと選手から大きなものを学び、そしてそれを蓄積してさらなる高みを目指しているのだ。
優勝カップを高々と挙げ、とべ はやと選手が満面の笑顔で観衆に応える。
そのとき、表彰台のすぐ脇から、
「ありがとう」
という言葉が、小さく聞こえたような気がした。声のした方を見たが、誰なのか分らない。
すぐにレポーターも、探すのを止めた。言葉を発したのが誰か、ではなく、偉大なチャンピオンへの感謝の気持ちとして、誰もが心の中で呟いた言葉だと思ったからだ。
「ばんざーい、ばんざーい」
万歳三唱、歓声渦巻く中で、恥ずかし気に俯いたヒーローだった。
R.C.Sとともにはじまり、R.C.Sとともに歩んできたとべ はやと選手。R.C.Sの各選手たち、また関係者たちにとっても、忘れてはならない大きな存在として、いまわれわれはとべ はやと選手に『RCSレジェンドライダー』の称号を贈りたいと思う。そして永久ライセンスの第一号として、とべ はやと選手の名をわれわれの中に刻んでおきたい。この件に関して、皆さんの率直なご意見をいただければ幸甚である。